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25話 赤面のキルシュ・トルテ

last update Last Updated: 2025-05-07 14:30:10

 キルシュがこの森に留まるようになって、早二ヶ月。

 落葉樹は黄や赤に色付き、朝晩は冷え込みも激しくなり、日の出は遅くなった。

 夜明け前、ベッドから起き上がったキルシュは、いそいそと着替えを始めた。

 白のブラウスを着て、焦げ茶色の生地に小花模様があしらわれたコルセット付きのジャンパースカートを穿く。帝国の民族衣装、ディアンドルを着るようになって二ヶ月も経つが、この愛らしいデザインには、毎朝心躍る嬉しさがあった。

 そんなキルシュの喜びように、シュネはその後二着も既製品を買ってくれたのでる。彼女のお陰で普段の衣類もとても充実した。

 だが、肝心なのはここからだ。最後の仕上げにリネンのエプロンを着け、髪を覆うように鍵編みの三角巾をかぶって身支度は完了だ。似合っているかどうかは別として、本当にこんな素朴さが可愛い。屋敷で時々着せられていた、ドレスより好きだった。

 キルシュは姿見の前でスカートの広がりを確かめるよう、くるりと回り満足げに笑む。

 そうして、気合いを入れる為に自分の頬を軽く叩き──

「さて、朝ご飯の支度にお掃除にお洗濯!」

 朗らかに独りごちた。

 ────伯爵家のお嬢様が失踪したらしいのよ。

 どうしたんだろうね。何でも、十七・八のお嬢さんらしいじゃない。お貴族様だって、そろそろお嫁さんに行く年頃じゃない? 決められた結婚が嫌で駆け落ちとかかしら?

 ────でも待って。伯爵家のお嬢さんって、あの教会火災で唯一生き残った〝奇跡の子〟よね? 五・六歳の頃にお屋敷に来たって聞いたけれど、やっぱり貴族社会には馴染めなかったのかしらね。

 そんな話がヴィーゼ領のみならずレルヒェ地方全体で広がっていると、街に買い物に出掛けるシュネから聞いていた。

 駆け落ち……。そんな相手もいなければ、婚約の話なんて一つも無くただの家出だが。それに自分が養子と領民からも知られているのだと、キルシュは初めて知った。

 街には降りると言っても、馬車で通るだけ。領地の人との関わりなんて一つも無いので、何も知らないのは当たり前かも知れない
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     先程の事が気がかりなままだが、あまり悠長にしていられない。お日様は沈むのを待ってくれない。洗濯をしなくては……。 一息をついたあと、キルシュはすぐにバスケットを持って湖に向かい──洗濯を始めた。 あの時は、あんなにも苦しかったが、嘘のように元通り。体調に変化は無かった。しかし本当に何だったのか……だが、思い返してまた同じようになったら怖い。 今はじゃぶじゃぶと洗われる、たらいの中の洗濯物に集中した。 泡ぶくを落とし、すすぎを終えて一つずつ丁寧に絞る。しかし三人分の洗濯量はなかなかに多い。一度手を止めると、息を飲む程に美しいこの景観を暫し眺めた。  ──教会裏手側のこの湖は透度が高い。青々と清みきっていて、魚が泳いでいるのがよく見える。向こう岸は針葉樹林が生い茂り、この青と濃厚な緑のコントラストは、いつ見たって素敵だった。しかし今は冬目前でなかなかに寒い。 自分たちの住まう教会側にある落葉樹はすっかり葉を落とし、冬の姿になり始めていた。  しかし、日中のこの森は存外賑やかだった。湖や森で鳥たちが楽しそうにお喋りをしている。中でもよく聞くのはキジバトが低く鳴く声だ。明るい森にホーホーとこだまする、この鳴き声を聞くだけで何だか穏やかな気持になる。 そう思えるのは、自分の身の回りに居る鳩……否、ファオルがなかなかに甲高い声幼児の声で、毒舌で生意気だからだからだろうか。キルシュはファオルの事を思い浮かべつつ苦笑いを浮かべた。 けれど、ファオルは見た目が可愛い。脚をしまってベッドで寛ぐ姿や、羽繕いをする姿、ガツガツと豆を食べる姿を思い出すと、何だかほっこりとして、先程の得体の知れない畏怖が嘘のように緩和された。 ああ、長閑だ。ほっとした気持ちに浸りつつ、キルシュは森の景色を眺望する。  だが、昼間はこう長閑でも、この森には事実〝夜の顔〟がある。 主に新月付近。夜半を過ぎると、どこからか不気味な呻き声や禍々しい奇声が響く事がある。間違いなくこの声の正体は、あの異形の生き物──狂信者のそのもので。

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   26話 機械仕掛けの王子様

     ……狂信者を倒す為、彼に力の原動力〝心〟を渡す為に、初めてのキスをした。『おまえら昨晩、会っていきなり熱烈なキスしてただろ?』 ファオルのあの発言を、シュネはきちんと覚えており──『キルシュちゃん、ところであの件って』どういう事なのかと訊かれたが、非常に説明が難しかった。 シュネの瞳には爛々とした光が躍っている。なので、間違いなく恋の話を期待されていると分かるが……本当にそんなものではない。多分。  そもそも自分だってよく分かっていないのだ。蘇った記憶の断片の中では元幼馴染みと思しいが、こちらだって知りたい事が沢山あるくらいで……。 なので、キルシュは湖畔の木陰で昼寝していたケルンを叩き起こして、色々と事情説明を求めたのである。  それに対して、彼は堂々としていた。否、堂々とし過ぎていた。『あれは、ただの譲渡の行為だ。キルシュと俺の事か? 人間辞める前は親友だった。そんで、俺がずっと好きだった子。今も好き。勿論、恋愛対象として』 ……と、ぶっきらぼうな態度ながらも、率直に告白されたのである。  シュネの反応は『まぁ』なんて夢見る乙女の如く。一方ファオルは『ケッ』と憎たらしい態度を取るだけだった。言われたキルシュはと言えば、本当にどう反応して良いかも分からないが、別に迷惑とは思わないし、潜在的に嫌な心地はしなかった。ただ、照れくさくて恥ずかしくて堪らないだけで……。  彼は記憶に無い自分の過去を知る唯一の存在だ。 蘇った記憶の断片では、自分自身も彼を友人として慕っていたように窺えた節は窺える。 けれど『そうなのだろう』と理解できても、記憶は虫食い状態だ。 それに、今現在のケルンに対して自分がどんな感情を抱いているか、キルシュは分からなかった。恩人だ。別に嫌いではない。 暗闇で眼球が光るだの、間接部位や首に機械の継ぎ目が露出されているだの、明らかに人外化しているとはいえ、素直に格好良いと思うし、性格も

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     キルシュがこの森に留まるようになって、早二ヶ月。 落葉樹は黄や赤に色付き、朝晩は冷え込みも激しくなり、日の出は遅くなった。 夜明け前、ベッドから起き上がったキルシュは、いそいそと着替えを始めた。  白のブラウスを着て、焦げ茶色の生地に小花模様があしらわれたコルセット付きのジャンパースカートを穿く。帝国の民族衣装、ディアンドルを着るようになって二ヶ月も経つが、この愛らしいデザインには、毎朝心躍る嬉しさがあった。 そんなキルシュの喜びように、シュネはその後二着も既製品を買ってくれたのでる。彼女のお陰で普段の衣類もとても充実した。 だが、肝心なのはここからだ。最後の仕上げにリネンのエプロンを着け、髪を覆うように鍵編みの三角巾をかぶって身支度は完了だ。似合っているかどうかは別として、本当にこんな素朴さが可愛い。屋敷で時々着せられていた、ドレスより好きだった。 キルシュは姿見の前でスカートの広がりを確かめるよう、くるりと回り満足げに笑む。  そうして、気合いを入れる為に自分の頬を軽く叩き──「さて、朝ご飯の支度にお掃除にお洗濯!」 朗らかに独りごちた。 ────伯爵家のお嬢様が失踪したらしいのよ。 どうしたんだろうね。何でも、十七・八のお嬢さんらしいじゃない。お貴族様だって、そろそろお嫁さんに行く年頃じゃない? 決められた結婚が嫌で駆け落ちとかかしら? ────でも待って。伯爵家のお嬢さんって、あの教会火災で唯一生き残った〝奇跡の子〟よね? 五・六歳の頃にお屋敷に来たって聞いたけれど、やっぱり貴族社会には馴染めなかったのかしらね。 そんな話がヴィーゼ領のみならずレルヒェ地方全体で広がっていると、街に買い物に出掛けるシュネから聞いていた。 駆け落ち……。そんな相手もいなければ、婚約の話なんて一つも無くただの家出だが。それに自分が養子と領民からも知られているのだと、キルシュは初めて知った。 街には降りると言っても、馬車で通るだけ。領地の人との関わりなんて一つも無いので、何も知らないのは当たり前かも知れない

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   24話 ほんのり酸っぱく甘ったるい

     ──昼過ぎ。キルシュは台所に立ち腕を組んでいた。 彼女の目の前には大きな瓶に詰めされた砂糖漬けされた苺。それからミルクと蜂蜜、卵に小麦粉が置かれている。「キルシュちゃん、そういえば苺って好き?」 朝食の後、シュネに訊かれてキルシュは即、頷いた。 苺は大好きだ。勿論ブルーベリーもクランベリーもクロスグリだって。ベリー系の独特の口いっぱいに広がる甘酸っぱい味わいは最高としか言いようもない。しかし、なぜにそんな質問か。訊けば、初夏に漬けた砂糖漬けの苺が大量に余っているので、食べてくれないかとの事……。「今年は沢山苺が採れて、ついつい楽しくなって収穫したのは良いんだけど……街で売っても余るくらいだったの。だから、砂糖漬けにしたんだけどね。半年くらいは持つけど、そろそろ一つの瓶は消化しきらないとって思って」 そんな風に言いながらシュネは大きな瓶をテーブルまで持ってきた。そうして蓋を開くと、周囲に甘酸っぱい幸せの香りがふんわりと広がった。 試食と何粒かいただいたが、これがなかなかに美味しかった。 何やら森の中で採れる野生の苺らしいが、酸味と甘みのバランスが丁度良く、硬さもそこそこあるそうで、生の果肉も美味しいらしい。 森の恵みは、ここでの暮らしの大事な収入源。秋からは、これら砂糖漬けをジャムにして使うそう。だが今年は大量に余っているそうで、形あるうちにどうかと。 そして「初めての調理練習に使ってみたらどう?」なんて、シュネは片目を瞑って言っていた。つまり、好きに使って練習して良いとの事だ。 そうして、彼女はつい先程、ヴィーゼの街へ買い物に向かっていった。  しかし、調理……。キルシュは頤に手を当て考える。 この森に来て早三週間近く。日々の家事を覚えて、掃除だけは少しずつできるようになってきた。しかし、調理はまだ。一人で調理は今日が初めてだった。 (さて、何を作ろう) キルシュは首を捻って瞑目する。ふわりと頭に浮かぶのは、苺のケーキだった。 学院

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   23話 役立たずになりたくない

     痛みの森に入って一週間。キルシュはこの廃教会での共同生活に慣れようと奮闘していた。 養子とはいえ、物心付いた時から伯爵令嬢だ。これまでの暮らしというと、食べ物を用意するのも部屋の掃除だって、何もかも誰かにやってもらう事が当たり前だった。王都での学院寮での暮らしだって寮母がいる。  しかし、この共同生活で全部シュネのおんぶにだっこでは情けない。「……と、いう訳でシュネさん私に家事を教えて欲しいの!」 シュネにぱっと詰め寄るキルシュが今纏う服はツァール帝国の民族衣装ディアンドル。〝お嬢さん〟と呼ばれるこの装束は、貴族令嬢のキルシュに馴染みの無いものだが、内心ずっと憧れていたものだった。ナイトドレス同様、服の換えが無いので、シュネから貰ったものである。まさかこんな形でディアンドルを着たいという内心にあった夢が叶うとは思わなかったが……。 そんな密かな夢を叶えてくれた(知りもしないだろうが)シュネの為にも、一人で家事を担っている彼女の負担軽減の為にもできる事は無いか。キルシュは目を爛々と輝かせる。「え、えっと……そうねぇ。でもキルシュちゃんそんなに意気込まなくたっていいのよ?」「でもでも、だって。私は何もしないで出されたご飯貰って寝て、何もしないなんてありえないもの。掃除も洗濯も、ご飯作りも!」 全部教えください! とキルシュが前のめりになるとシュネは困惑した顔で頬を掻く。「本当にゆっくりでいいのよ? じゃあ一つずつ簡単な事から教えていくわ」 そう言って、シュネはその日からキルシュに家事を教えてくれるようになった。 ……しかし、掃除も洗濯も調理も、どれもこれも全て上手くいかなかった。螺旋階段の掃除をしていて、ふらりと階段から転落しそうになってシュネに慌てて助けられた。雑巾を絞る為のバケツをひっくり返して、廊下を水浸しにした回数は五日間で三日。洗濯に関しては、濡れた洗濯物を絞る力が足りず、水浸しのまま乾かない。それに、食材を切るのなんて……シュネに一瞬で包丁

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    「あ、起きた」 片や、自分を覗き込む彼はしれっとした平坦な調子だった。 しかし、どうしてだ。先程までソファに座して二人で話していた筈なのに場所が変わっている。背中に感じる柔らかさ、そして彼の顔の向こうに見える見慣れぬ絵は恐らく天蓋裏。視界の隅に透けた素材のレースを諄い程にたっぷりとあしらったベール……間違いなく、ここがベッドの上だと悟ったキルシュは、かぁあっと頬を赤く染めてぶんぶんと首を振る。 「──ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待って!」 どうしてこうなったのだ。 本当にこれでは、半裸の彼に組み敷かれているようで……。 あたふたとしたキルシュはプルプルと首を横に振って抵抗しようとしたが──「は?」  いったい何の事なのか……と、いった具合にケルンは神妙な面持ちで小首を傾げる。しかし、キルシュの言いたい事を理解したのだろう。彼は、「くく」と喉を鳴らして笑い声を漏らしたかと思うと、途端に噴き出すように笑う。「……え?」 いったい何が何だか。キルシュは横たわったまま訝しげに彼を見る。一頻り笑うと、彼は眦にほんのり滲んだ雫を拭ってキルシュを見下ろした。 「……悪い。運んだ後、寝かせたらスカートの裾が乱れてたから直したんだ。何だか苦しげな顔をしてたから心配になって覗き込んでたんだよ。確かに体勢が悪かった。しかし、想像力が豊かだな」 変な事なんかしていない。ときっぱり言うと、彼はすっと身を引く。 つまりは全部勘違いだったのか。キルシュはホッとするが、自分の早とちりが恥ずかしく堪らない。  しかしだ。〝不完全だから厭らしい事を考える〟だとか〝ずっと好きな子〟だとか言われてしまうと、嫌でもそう考えてしまうだろう。変に意識をしてしまうのだって当たり前だ。キルシュはケルンをジト……と睨んだ。 しかし、焦って恥じているのが自分だけ。何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   21話 どう考えても同一人物で

    『キルシュの力って本当に綺麗だなぁ……』 少年の感嘆とした声が脳裏に心地良く響く。 玻璃を貫く斜陽は赤や黄、青に緑に白と複数の光を落としていた。やがて映し出されるのは、昨晩見た景色と同じ、木造立ての礼拝堂の中だった。 聖母の美しいステンドグラスの正面の座席に腰掛けているのは〝人であった頃のケルンと思しい少年〟と幼い自分の二人だけ。 幼いキルシュは、自分の名と同じ桜桃の花を手にひらから萌やしては光に還す……と、自分の力で遊んでいた。『なぁ、キルシュって確か、見た事のある花は何だって、出せるんだよな?』『うん、そうだよ?』  幼いキルシュは花咲く笑顔でふわふわと答えた。  ──キルシュの持つ能有りの力は、草花を芽吹かす力。しかし、これは〝キルシュ自身が見た事がある植物のみ〟という限定的な条件がある。  恐ろしい事があれば、蔓薔薇の茨となり身を守ろうなんて事もあるが、これだって見た事があるものだから具象できる。 しかし能有りの力は感情に左右されるもの。大袈裟に肥大し、実物を上回る恐ろしい大きさになる事もあるが、意図的に具象する分には普通の花の大きさと変わらない。 手のひらから出す事もできるが、地面に手を置けば、辺り一面を花畑にもできる。使いどころは不明で本当にどこまでも無駄な力だが、確かに綺麗な力とはキルシュ自身も思っていた。 能有りになんて生まれたくなかった。そうは思うが、素直に花は好きだった。 どこまでも無害で罪が無くて、美しい。その気持ちは幼い頃も変わらず同じだったのだろう。幼いキルシュは得意げになって今度は大量のかすみ草の花を芽吹かせて宙に散らす。 ふわふわと小さな花が降り注ぐ様は雪のよう。床に落ちると光に還り、キラキラと空間に漂った。 その光景を見て、ケルンだった少年は『すげぇ』なんて言って目を輝かせる。『なぁ! そうだ、キルシュ。おれさ、向日葵って花が見てみたい!』  前のめりになる彼に、幼いキルシュは首を傾げる。『

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   20話 その瞳はあまりにも真っ直ぐで

    「な、なんでよ……」    唇をわなわなさせてキルシュが訊くと、彼はニタリと悪戯げに笑う。  二十歳前後の年端だが、唇の端を吊り上げていると、何だか悪戯小僧さながらの面影がある。「舐めたら甘そうな身体を無防備に見せてきた癖に。いいだろ別に」  ──キルシュって反応が面白いな。そのくらいの仕返しさせろ。なんて少しばかり意地悪に付け添えて、ケルンは笑う。 恥ずかしくて堪らない。キルシュは真っ赤になって、ケルンを睨む。  確かに、自分のやらかしに違いない。それでも、何だか腑に落ちない。キルシュはむっと頬を膨らませた。  しかし、舐めたら甘そうって……。その言葉を反芻してしまい、キルシュは更に頬を赤くした。   「……機械人形の癖に変態よ、不浄よ。ファオルと関わりがある時点で、貴方って一応は刻の偶像に関わりがある神聖な存在なんでしょ?」 対するケルンは、目を細めてどこか気まずそうに顎を掻く。   「あのなキルシュ。さっきも言ったが、俺は〝出来損ない〟だ。完全じゃないんだよ。だから、人と同じ成長してるし、普通に男として機能はあるんだよ」 ──無防備なおまえが心配になる。でも、そういう事も普通に考えるのは構造上、仕方ないだろ。……なんて、彼はふて腐れたようにブツブツと言った。 こうも精悍な面なのに、表情をコロコロ変えている所を見ていると、本当に人間らしいなと感心してしまう。しかしこれを言っていいものか。キルシュは、彼に着せてもらったシャツの裾をきゅっと握って居住まいを正す。「確かに貴方の事は、元が人間だと分かっているけど……」 ……自立し思考し、自我を持つ。それは人と何ら変わらない。それに、呼び覚ました記憶の中の彼は間違いなく人だった。今と髪色も瞳の色も違うが、それでもはっきりとした面影があり、大人へと成長した姿なのだろうと分かる。    しかし、どうしてそんな姿になってしまったのだろう……。  きっと、相応の理由があるのは、考えなくとも理解できた。  蘇った記憶の断片では元親友。とはいえ、自分にはこれまでの記憶なんて一つも無いし覚えていない。出会ってたったの一日だ。  ──元が人間だの言わない方が良かった。キルシュはすぐに後悔した。「ごめんなさい、私、とても無神経だった」 キルシュは素直に詫びた。気分を害してもおかしくない事だ。

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   19話 暗闇に光る金の双眸

     午前二時過ぎ。静かに部屋を出たキルシュは、手燭を持って台所に向かった。 夕食の時に『ベリーのジャムと黒いパンは作り置きが沢山あるからいくらでも食べて』なんてシュネに言われた事を思い出したのだ。 きっと、頭に糖分が足りていない。だから、こんなにも暗い気持ちが押し寄せるのだろう。一人で納得したキルシュは、軋む音が鳴らないように螺旋階段を足早に下って台所で向かった。  この教会は〝歪んだ真珠の文化〟そのものの仰々しい装飾だらけだが、構造は単純で最低限の部屋しか設けられていない。 二階には部屋が四つ。下には台所と礼拝堂があるだけで、あとは廊下だけ。だから、たった一度の案内でも全てが把握できた。  難無く台所まで辿り着いたキルシュは、真鍮のドアノブを捻り、扉を引いたと同時だった──ゴソリと闇の奥で何かが蠢く気配を感じ取ったのだ。 何事か。まさか、狂信者だろうか。 だが、彼らはこの教会近辺にまず近づかないとは聞いた。手燭を握る手はカタカタと震え、掌から手首を這ってゆっくりと蔦が萌え始める。 「……誰かいるの?」 臆しながらキルシュは問いかける。すると、台所の奥深くの闇に二つの黄金の光がポッと灯った。 正体は不明。だが、それが目だと分かり、キルシュは『ひっ』悲鳴を出しかけた途端だった。〝何か〟が音も立てずに恐ろしい勢いで接近してきたのだ。 そうして、瞬く間にキルシュは背後から羽交い締めにされ、唇を塞がれた。「──ん!」 悶えながらキルシュは上を向く。すると間近で黄金に光る瞳と視線が交わった。(ケルン?) 間近に映る彼の精悍な顔立ちと、神秘的な輝きを宿して光る瞳にキルシュの鼓動は高鳴った。「……騒ぐな。シュネが起きる」 何かを口に含んでいるようなモゴモゴとした喋り方にキルシュは違和を覚えたと同時、ベリーの甘酸っぱい香りが鼻腔をつきキルシュは目を瞠る。 キルシュは腕まで巻き付いた蔦の具象を解く。すると、彼もキルシュを離した。

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